高等ムーミンをめぐる冒険

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ラボ飯〜二郎三田本店編〜

 月曜午前中のMTGを終えた我々は、無事に進捗報告を成し遂げた同期ちゃんを労うためにラーメン二郎三田本店に向かった。

 彼女はかつて二郎新橋店に初めて行った際には完全にグロッキーだったのだが、こないだ後輩たちと一緒に三田の本店に行ってからというもの「新橋と全然違って美味しい」「老舗感がある」「店主が素敵、店員が優しい」「フォトジェニックだった」などと完全にジロリアンに洗脳されていたのだ。
 一部の男性に脂ぎった高カロリーな食事を食べて回ることに情熱を燃やす暑苦しい連中が居るが、私が二郎本店に向かったのは純粋な興味であり、そのような者たちとは一線を画して居る事を強調しておきたい。Wikipediaによればかつて慶應の学生が尽力したことにより現在の店舗が存在するという。まがいなりにも慶應に籍を置くものとして一度見るべきであると思ったのである。

 慶應義塾大学三田キャンパスのすぐ近くにある多くの男たちを熱狂させてやまないその店は、まるで豚小屋のような佇まいであった。午後も一時を回っていたため、少し並んだらすぐに入ることができた。横に細長い店内は左右の扉が解放されて居ることにより空気が循環しており、蒸し風呂のような惨状であった新橋店と比較し、極めて涼しいと言える。
 統合失調症気味の社訓が書かれた券売機で「ラーメン」の食券(600円)を買うと、脂ぎった青いプレートが出てきた。色で判別して居るらしい。若い店員は連れが隣り合うように気を使ってくれたり、たしかに排他的な雰囲気に反して非常に愛想がよい。
 そして店主の姿を見ると、なぜか常に薄汚れた包帯を巻いているというその両手の指であらゆる食材を扱い、なるほど「三田店のスープには店主の指のダシが出ている」という後輩からの前情報にも頷ける。
 最初野菜でも増した方がいいかと思っていたが、雰囲気に飲まれて居るうちに何もナシで出てきてしまった。同期ちゃんは少なめに注文しようとしてやはり失敗してしまったが、後から来た客を観察すると店員に注文を聞かれた瞬間に言うべきらしい。てっきり麺を減らすなんて罪深い行為は許されないかと思っていたが全然オーケーなようだ。
 周囲を観察していると、全部マシというのにすると予め器に分配してあるスープが増量に伴い溢れるのを防ぐためか、床にビシャッとスープを少し捨ててから客に提供している。また、痩せて草臥れた雰囲気の会社員風の初老の男性が二杯も頼んでて恐ろしかった。

 二郎用語で「小」と呼ばれるラーメンは、やはり世間一般におけるそれの2倍程度の量があった。
 味は確かにうまい。新橋に比較して麺がモチモチしている。スープも店主のダシのおかげか美味しい気がする。チャーシューというか肉塊は硬いところと柔らかい部分があってなんだかよく分からん。
 同期ちゃんは一口食べると「うめぇ…」と呟いており、ダイエットをライフワークとして居る彼女の体重の変遷を考えると涙がちょちょ切れんばかりであった。
 一方、二郎本店に異様な忌避感を呈していたのを半ば無理やり連れてきた同期くんは引きつった顔をしていた。
 私は半分程度までは幸福に食事をする事が出来たが、ある時ふと麺がちっとも減らない事、そしてもう満腹である事に気づくと大変だった。結局、何か幸せだった事を思い出して気を紛らわせて忘我のうちに食べきる事に成功した。何か具材をマシていたら死んでいたかも知れない。
 同期ちゃんも麺を減らすのに失敗したにも関わらず完食していた。同期くんは少し残し、半日かけてデータをまとめたエクセルファイルが消失した時みたいな顔をしていた。
 店には引っ切り無しに客が入り、店主が巨大な換気扇を回すと豚小屋のような店舗に涼風が吹き抜けるのだった。

 地獄のような暑さだった新橋店で二度と行くかと思った時に比べると比較的元気であり、また来てもいいかなと思わせる何かが三田本店にはあった。そんな事を話しながら私と同期ちゃんは意気揚々と研究室に帰った。同期くんは無言でその日ずっと死んだ魚のような目をしていた。