高等ムーミンをめぐる冒険

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細菌が作り出す真核生物の交配を導く媚薬 〜その名はEroS〜

 ある種の生物は、他の生物を操作する事が知られる。カマキリに寄生するハリガネムシや、ゴキブリを操るエメラルドゴキブリバチなどは知っている人も多いだろう。カタツムリに寄生して鳥に食われるよう仕向ける奴も有名だ。これらはいわゆる寄生虫である。

 もっと単純な、共生細菌のような原核生物が生物界を超えて真核生物を操作する例も存在する。昆虫の性別を操作するボルバキアは進化学的にも細胞生物学的にも面白い。私の青春を彩った作品の一つである「ひぐらしのなく頃に」では、人間の精神状態を変容させ特定の行動を促す感染症が登場する(フィクションです)。

 今回紹介する論文は、今年9月にカリフォルニア大学のチームがCellに発表した「細菌が真核生物の交配を促す媚薬となるタンパク質を分泌する事」を発見したというものである。

 

  • V. fischeriS. rosetta交配を誘導することを発見

 筆者たちは襟鞭毛虫Salpingoeca rosettaと色々な細菌との相互作用を研究しているようだ。襟鞭毛虫は一つの鞭毛を持つ小さな生物で、群体性のものは多細胞動物の起源であるという説があり、後生動物に最も近いと言われる単細胞生物である。ゲノム解析の結果、細胞接着分子であるカドヘリン様の遺伝子がいくつか見つかっている事からも、多細胞化への流れを感じる。

 まず彼らはS. rosettaビブリオ属の細菌Vibrio fisheriを一緒に飼うと、S. rosettaが2~50細胞の群体を形成する事を発見した。S. rosettaが群体を作るという報告はなく、その生物学的意義は不明であったが、多くの生物で群体は交配と関係している。そこで、群体内のペアを仔細に観察した結果、細胞融合ならびに核融合を行っている事、さらに遺伝子型の異なる2系統のS. rosettaを用いた結果、実際に相同分裂組替が生じている=交配を行っている事がわかった。この現象はV. fischeriの培養上清のみによっても引き起こされる。すなわちV. fischeriは媚薬となる物質を分泌しているのである(図1)。

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  • 媚薬となる物質を単離し、EroS命名

 次に、媚薬効果の分子実態を明らかにするため、原因物質を探索した。V. fischeriの培養上清の媚薬活性は熱およびプロテアーゼに感受性であった事から、媚薬はタンパク質であると考えられた。彼らは上清から全てのタンパク質を単離し(すごい努力だ)、媚薬効果を検討するバイオアッセイを行ったところ、約90kDaのタンパク質が得られた。このたった一つのタンパク質のみでS. rosettaの交配を誘導するのに十分であった(図2)。こうして無事に媚薬の同定に成功した筆者らはこのタンパク質をEroS (extracellular regulator of sex) と名付けた。お前それエロス言いたいだけちゃうんかと。

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  • EroSの実態はコンドロイチンリアーゼである

 ではこのEroSは何をしているのか?EroSタンパク質の配列を解析した結果、グリコサミノグリカン(GAG)リアーゼドメインを有している事がわかった。GAGは真核生物の細胞外マトリックスであるムコ多糖であり、GAGリアーゼはこれを分解する。生化学的な解析により、EroSはGAGのうちコンドロイチンに対する分解活性を有する事がわかった。しかしながらコンドロイチンなどのGAG硫酸は真正後生動物の特徴であり、襟鞭毛虫に存在するという報告はない。

 この酵素活性は媚薬としての機能に必要なのか?アミノ酸を置換しリアーゼ活性を失わせたEroSでは媚薬の効果は得られなかった。さらに、他の細菌が作るメジャーなコンドロイチンリアーゼを用いてもEroSと同様の効果が得られた。すなわち、コンドロイチンを分解する事がS. rosettaに対する媚薬としての機能に必要である事がわかった。

 S. rosettaは基質となるコンドロイチンを作れるのか?ゲノム配列の解析結果から、コンドロイチンの生合成に必要な酵素のホモログをコードしている事、実際にこれまで動物にしか存在しないとされていたコンドロイチンを産生している事がわかった。この事から、襟鞭毛虫が動物に近縁な種である事の証左が更に増えたと言える。

 一方、コンドロイチンの分解産物は群体形成を誘導しなかった。筆者らはEroSによって生じるコンドロイチンの分解産物ではなく、分解により細胞外マトリックスにおけるプロテオグリカンの構造が変化する事が群体形成と交配の誘導に重要であると推測している。

  • 考察

 この論文で筆者らは

  1. ビブリオ属細菌 V. fischeriは襟鞭毛虫S. rosettaの交配を促す媚薬を分泌する
  2. 媚薬の正体はコンドロイチンリアーゼでありEroSと命名
  3. S. rosettaはこれまで動物にしか存在しないとされていたコンドロイチンを合成しており、EroSによって分解される事で交配が誘導される

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と、現象の発見から原因物質の特定、メカニズムの一端までを明らかにするとても綺麗な仕事をされている(図3)。コンドロイチンを分解したからどうなんだって話になるが、プロテオグリカンの構造が変わると互いにくっつき易くなって交配が起こるのだろうか?最大の疑問は媚薬効果の生物学的重要性、すなわち交配を促してV. fischeriに何か良い事があるのか、という事だ。一応最後に、より自然なコンディションでもこの現象は起こる事を示しており、実際に野生状態でも起こりうるという事に特に疑いを持つわけでないが、利益がなければわざわざこんな事はしないと思うので何かあるのだろう。

 今回は細菌が単細胞真核生物の交配を促すという話であったが、筆者らが文中で何度もS. rosettaのことを「後生動物に最も近い生物」と強調しているように、動物の交配を誘導できる微生物がいるのではないか?というテーマを提示している。

 我々は一つの個体として生存しているように見えるが、実際には少し異なる。動物は皮膚や消化管や生殖器、植物は根圏などで大量の微生物と共生しており、互いに相互作用し合って恒常性を維持し、あるいはその破綻が疾患を導く。私の分野で言えば、腸内細菌が食物繊維を代謝して作る短鎖脂肪酸が宿主の免疫細胞の分化に重要な役割を果たす事がわかっている。これらは共進化の賜物であり、我々は共生微生物も含めた一個の生命体であると言えるだろう。そのような観点からすると、例えばある種の腸内細菌が産生する物質が宿主であるヒトの生殖行動を促すような事があっても、そう突飛な話ではないと思われる。万物の霊長と言われる我々人間が自由意志で行っていると思っていた行動が、実はちっぽけな微生物に支配されていたとしたら、とても愉快だとは思いませんか?

Woznica, A., Gerdt, J., Hulett, R., Clardy, J. & King, N. Mating in the Closest Living Relatives of Animals Is Induced by a Bacterial Chondroitinase. Cell 170, 1175–1183.e11 (2017).

 

この記事は今年読んだ一番好きな論文2017にエントリーして書きました。面白い企画ですよね、ありがとうございます。