高等ムーミンをめぐる冒険

趣味は生物学とクラリネットです。つぶやき:https://twitter.com/NobuKoba1988 ほどこし: https://www.amazon.jp/hz/wishlist/ls/RXOIKJBR8G4Q?ref_=wl_share

寓話としての短編クリスマス小説

 ドアを開けるとトナカイが立っていた。
「すみません、ちょっとお時間よろしいでしょうか」
 その日はクリスマスで、ちょうど彼女と一緒にチーズフォンデュを食べようとしていたところだった。
 もちろんよいわけなかったのだが、せっかく寒い中やってきたのに要件も聞かず追い返すのもどうかと思ったので話だけでも聞いてみることにした。まあいくらなんでもクリスマスの夜なんだからすぐに帰るだろう。
「どうも夜分にすみません。余りお時間はとらせませんので」
 謝るくらいならくらいなら初めから来ないでくれたらいいのにと思ったが、もちろん口には出さなかった。
 トナカイが差し出してきた名刺には『日本サンタクロース保護協会』と書かれていた。
 僕はこれはちょっと話が長くなるぞ、と警戒した。よく見てみるとトナカイは目は充血してるしなんだか煙草臭いし、歯もヤニで黄色く変色している。僕は安物の煙草の臭いというのが排気ガスより嫌いだった。だいたいこういう団体にはろくな奴がいない。
 しかし僕は優柔不断なので返答の仕方に迷っているうちに、トナカイは勝手に話を始めてしまった。
「ご存知のとおり、野生のサンタの数は非常に少なくなってきています。主な生息地であるフィンランドの森林が開発により年々面積を減らしておりますし、住処をなくすと同時に餌となる小動物も激減しています。最近ではこの時期になると若者たちによるサンタ狩りも後を絶ちません。まったくひどい話です」
「はあ」
 時間をとらせないといった割に話は結構長く、口調には熱がこもっていた。僕は適当に相槌を打ちながら聞き流していた。半分開いたドアから流れ込む冷気でひどく寒い。
 「であるからして、サンタがサンタらしく生きるためのPRを行っているわけですが、高度資本主義経済の中では神聖なクリスマスでさえ商業主義に堕していることは教皇陛下もお嘆きになっているわけで、西欧では家族と過ごすのが一般的なクリスマスが日本ではカップルのためのイベントとなり聖なる夜が性なる夜になってしまっていることはまったく残念なことで、我々はソフィスティケートされたクリスマス社会を目指し、いわばメタファーとしてのクリスマスを展開していくために日々努力しているわけなのです」
 寒さで理解能力が落ちたのか何を言っているかまったくわからない。いい加減疲れたので勇気を振り絞ってたずねてみた。
「それでいったい何の御用ですか」
 そこで僕はトナカイの左手に募金箱がぶら下がっていることに気付いた。
「お気持ちだけで結構ですから」
 僕は財布に残っていた千円札を一枚と小銭を全部入れた。正直一銭も渡したくなかったが、ひどく疲れていて判断力が鈍っていたし、なにしろみんなサンタのことが大好きなのであんまりケチケチしていると世間体が悪い。
 トナカイは礼を言って去っていった。去り際に『SAVE SANTA』と服に書かれたサンタクロースのマスコット(ひどい造型だった)がついた携帯ストラップをくれた。後には冷気と、煙草の臭いと、醜いストラップだけが残った。
 部屋に戻ると、チーズフォンデュは焦げ付き、フライドチキンは冷め、彼女はひどく立腹していた。彼女の機嫌を直すのに実に1時間以上を要さねばならなかった。もちろんその醜いストラップを見せても何の役にも立たなかった。
 結局その日彼女は帰ってしまい、僕は窓を開けて携帯ストラップを投げ捨てた。
 ストラップは信号待ちで止まっていた車のボンネットに当たって跳ね返った。
 僕は慌てて窓を閉めた。

 

(学部3年生の時にmixiの日記に書いたものです)