高等ムーミンをめぐる冒険

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亀はいかにしてその性別を決めるか?

我々人間は受精するときに性染色体の配分で性別が決定するわけだが、ある種の生物は発生段階で環境要因によって性別が決まる。
例えば、カメの仲間は温度によって性別が変わる。
温度依存的な性決定には遺伝子発現のエピジェネティックな変化(DNA塩基配列の変化を伴わずに遺伝子の発現状態が変化すること)が関与するという報告があるが、詳しい分子メカニズムはわかっていなかった。

5月11日にScienceに発表された論文では、ヒストン脱メチル化酵素KDM6Bがエピジェネティックな変化を介してカメの性決定に寄与することを明らかにしている。
ヒストンというのは染色体上でゲノムDNAが巻きついてるタンパク質で、ヒストンがメチル化されていると遺伝子が不活性な状態となり、脱メチル化されると遺伝子発現が促進される。こういうのをエピジェネティックな修飾という。
(ちなみに哺乳類のメスにはX染色体が2つあるが、どっちも遺伝子が発現している訳ではなく片方は不活化されており、これもエピジェネティック制御の例と言える)

今回調べたミシシッピアカミミガメのタマゴでは、オスになる温度の26度では生殖腺でKDM6Bの発現が上昇しする。メスが生まれる32度では発現しない。
KDM6Bはヒストンの脱メチル化により、精巣の分化(オス化)に寄与するDMRT1の発現を促進する。
本来オスになる26度でも、KDM6Bを阻害するとメス化してしまう。
このようなエピジェネティック制御の仕組みは、爬虫類でタマゴを温める温度がどのように性別を決定するのかという、50年来のパズルをついに解き明かすだろう、と締めくくられている。

何に感銘を受けたかというとヒストンの修飾を見るクロマチン免疫沈降という難しいワザがあるのだが、それをカメの生殖腺でやっていたことだ。
分子生物学会で「非モデル生物の生物学」みたいなシンポがあったけど哺乳類ならヒトやマウス、昆虫ならショウジョウバエ、植物ならシロイヌナズナ、真菌なら酵母、細菌なら大腸菌といったモデル生物がいて、これらの研究によりこれまで分子生物学は発展してきた。
生態学の世界には色々とオモシロい生物や生命現象がたくさんあると思うが、モデル生物以外の生物ではせいぜい解剖学的な解析にとどまり、どのような遺伝子やタンパク質が機能しているかはあまり研究されてこなかった。
ところが次世代シーケンサーやらゲノム編集技術やらの発展により、今後は個々の生物の持つ特有のオモシロい生命現象について、分子レベルで解析が可能になっていくだろう。

 

Ge C, et al. The histone demethylase KDM6B regulates temperature-dependent sex determination in a turtle species. Science. 2018.